展覧会

高島野十郎の作品が放つ、澄んだエネルギーに惹かれました

若友(若沖友だち)から、面白かった展覧会ということで紹介いただいた「没後50年 高島野十郎」(渋谷区立松濤美術館)を拝見しました。

高島野十郎(1890〜1975)は現・福岡県久留米市の裕福な酒造家に生まれ、野十郎の兄が日本画家の青木繁と友人だったこともあり、東大農学部を卒業後、絵の道に進みます。

独学で絵を学び、画業初期に小さな絵画グループに三年在籍するも、その後は特定の美術団体には属さず、個展で作品を発表、画業に邁進した孤高の画家です。

存命中には世に知られておらず、没後五年が経った1980年に福岡県文化会館(現・福岡県立美術館)で開催された展覧会「近代洋画と福岡県」に、野十郎の「すいれんの池」が出品され、無名の画家であった野十郎の評価が始まります。

生涯独身を貫き、アトリエに住みながら絵を描き、晴耕雨読の生活を送っていた野十郎は、人と馴れ合うことはなかったようですが、魅力的な人柄だったようで、彼の絵を愛し、サポートしてくれる人に恵まれていたそうです。

禅に帰依していた兄の影響で、野十郎自身も仏教に深く傾倒し、「対象の写実的な描写を慈悲の実践と捉え、絵を描くことそのものが仏の教えに接近することでもあった」と解説にあったように、野十郎にとって、描くことは生活の糧ではなく、自身の精神鍛錬のようなものだったのかもしれません。

裕福な生家、生涯独身、仏教に傾倒、理想の表現を追求、ストイックな生活、魅力ある人物像など、若沖さんとの共通点が多いですね。

ヨーロッパに遊学したり、日本全国を旅した際に描いた風景画も多く展示され、特に睡蓮の花は、神聖な空間に咲く清らかで静かな存在感がありました。

個人的には太陽と赤い実の描写に惹かれ、光背のように光を放つ太陽は、神々しく、一種の宗教画のようにしました。カラウリやサクランボなど、赤い実の表現も素晴らしく、宝石のように輝いていて、清々しいきらめきがありました。

作品全体からは、野十郎の画業への真摯な姿勢や俗世に染まらない生き方にも通じる、清々しく澄んだ雰囲気を感じます。

生前は世に知られることなく、没後に評価される画家は古今東西たくさんいますが、野十郎は世の評価や名声をどのように捉えていたのでしょうか。とても気になります。

◎「没後50年 高島野十郎展」
期間:2026年9月6日(日)まで
場所:澁谷区立松濤美術館

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