以前より、若冲さんの水墨画に使われている紙は、どのような紙で、どんな特徴があるのか、気になっていました。
作品によっては、洋紙のように白い紙もありますし、少しグレーがかった色の紙もまれに見かけます。
そもそも、日本の手漉き紙なのか、それとも当時の書画先進国である中国・清を輸入したものなのか。
その謎を解くべく、景和で所有しています若冲さんの水墨画の紙を調査・検証し、昨年春、「和紙文化研究会」で発表し、その内容を冊子『和紙文化研究』に寄稿しました。
若冲作品の画材についての本格的な調査といえば、平成11年(1999年)から6カ年にわたる絹本著色『動植綵絵』(宮内庁三の丸尚蔵館)全30幅の解体修理の折に、宮内庁と東京文化財研究所の共同で蛍光X線分析装置による非破壊の絵具材料の調査や高精細画像の撮影よる細部の調査が有名です。
この調査で、若冲さんはその圧倒的経済力を背景に、絵具は粒子が細かく粒が揃っており、伸びや色彩感が大変良い、上質のものを使用し、さらに、『動植綵絵』の「群魚図」には、18世紀初頭のドイツで発見された青色の人工顔料「プルシアンブルー」が用いられ、日本で最も早い絵画での使用例であることが明らかになりました。
このように若冲の絹本著色画について本格的な調査が行われる一方、遺作の大部分をしめる紙本墨画(水墨画)の画材についての調査・検証は少なく、そのサンプル数も限定されています。
そこでこの度、景和で所有している水墨画9点の紙調査を実施したところ、これまでに発表されていない事実が判明しました。紙の判定・検証は、紙のエキスパートである宍倉ペーパーラボの宍倉佐敏先生にお願いしました。
その内容をまとめると、
その1)全ての紙は中国で作られた手漉き紙
その2)紙の素材(繊維)は、初期から晩年までの7作品はワラ100%、晩年から最晩年の作品はワラと青檀による宣紙。
その3)2点の『鯉図』は、紙の裏側を使用
その4)若冲お得意の「筋目描き」で描かれた作品と、「筋目描き」を使用しないで描いた作品とには、使用する紙の差異は見られなかった
その5)『鯉図』の表面に筆先のような異物が付着しており、それをデジタルマイクロスコープで確認したところ、筆先に使う「白真(しらじん)」という鹿のお尻の白い毛である可能性が大
などなど、多くの新発見がありました。
今回は若冲さんの作品のみでしたが、同時代の円山応挙や長澤芦雪、曾我蕭白、仙厓などの水墨画作品の紙調査をして、江戸中期の18世紀の画家たちが愛用した画紙についても探求してみたいと思っています。
乞うご期待。