若冲さんの命日(9月10日)も近いので、若冲さんの寿像(生前墓)に参拝。承天閣美術館の展覧会も拝見しました。
若冲さんが『動植綵絵』30幅と『釈迦三尊像』を寄進した臨済宗相国寺派大本山相国寺は、足利幕府の第三代将軍・義満が創建、京都五山第二位に列せられる名刹です。
若冲さんは51歳の時、寿像(生前墓)を塔頭・松鷗庵の墓所に建てました。松鷗庵は現存していませんが、相国寺内の墓所には、若冲さんの寿像が配されています。
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三基の墓石が、特別に囲われています。
中央は、足利幕府の第8代将軍で、東山文化を築いた足利義政(1449〜1474年)。
向かって左に、平安時代末〜鎌倉時代初期の公家で歌人の藤原定家。
そして、向かって右に若冲さんの寿像があります。
寿像の側面には、若冲さんの前半人生の大いなる理解者だった大典顕常の撰した碑文の彫られています。
この3つの墓石を拝見すると、相国寺がどれほど、若冲さんのことを大事にしているかが分かりますね。
明治時代、寺社を襲った、廃仏毀釈の影響もあり、疲弊した相国寺が、『動植綵絵』30幅を皇室に献上し、その下賜金1万円で、人手に渡っていた寺領を買い戻した経緯もあることから、若冲さんへの恩義を感じているのではないでしょうか。
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寿像の碑文に記された若冲伝は、若冲さんの人物伝の根本資料となっています。
この碑文がなければ、若冲さんがどのような人物で、どのような哲学や価値観を持ち、制作活動を行なっているかが分からず、現在に至ってしまった可能性もあります。
寿像の存在は大変貴重です。
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寿像を拝観したあとは、寺内にある承天閣美術館で開催中の「武家政権の軌跡 ー権力者と寺」展を拝見。
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承天閣美術館の枯山水の庭は、ミニマムでむだの無い美しさ。
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松の間から美しい姿を見せる法堂は、慶長10年、豊臣秀頼の寄進によって建てられた本堂は、日本の法堂建築の現存する最古のものです。
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境内を歩きながら、大典禅師と並んで歩く若冲さんの姿を想像するのは楽しいですね。
◎臨済宗相国寺派大本山相国寺/承天閣美術館
住所;京都市上京区今出川通烏丸東入