大徳寺の塔頭・黄梅院は秋の特別公開中です。

真紅と黄色の紅葉がキラキラと輝く、日常を離れた別世界が目前に広がります。

春の特別公開で拝見できる新緑の世界も素敵ですが、やはりモミジがさまざまに色づく今の時期は別格ですね。


黄梅院は、若き日の織田信長(1534〜1582)が初上洛の際に父の信秀の追善菩提のために建立した少庵「黄梅庵」が始まりです。
開祖は、大徳寺98世の春林宗俶、造営に携わったのは、当時、寺社奉行だった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)。
本能寺の変による信長急逝後は、羽柴秀吉がこの庵を改築します。
そのほかの戦国武将とのゆかりも深く、毛利元就の三男・小早川隆景の帰依を受け、天正16年(1588年)には隆景の援助で堂宇が整備され、翌年、「黄梅院」と名を改めます。
黄梅院はその後、近世を通じて小早川氏の宗家・毛利氏の菩提寺として庇護を受けます。

織田家の墓所として有名ですが、戦国武将の蒲生氏郷が埋葬されている寺院でもあります。
蒲生氏郷(1556〜1595)は戦国時代をとおして、信長、秀吉に重用され、多くの戦功をあげた名将で、近江日野城主、伊勢松坂城主、陸奥黒川城主を務めた名将です。
ちょうど黄梅院を訪れる少し前に、蒲生氏郷の茶杓を間近で拝見する機会に恵まれました。
千利休の高弟とされる武将の一人ですので、茶杓を作ることもあったでしょうが、これまでに私は直接見た記憶はありませんでした。
今回は直接手に触れて、彼の作風を直接、実感することができたとこともあり、その造形の大胆不敵さ、発する波打つエネルギーをダイレクトに知ることができ、これほどまでに、“戦国武将っぽい”茶杓が存在するのか!と驚いたものです。
そして、いつまでもその記憶と感動が心に残っていました。
その数日後に黄梅院を訪れることになり、改めて、戦国の世を息抜き、功績を上げる武将たちの人生に思いを馳せました。
来年もまたここに訪れたいと思います。



◎黄梅院(大徳寺塔頭)
京都市北区紫野大徳寺町83-1

