「伊藤若冲が愛用した画紙」についての調査報告を和紙文化研究会にて発表しました。

江戸中期に活躍した画家・伊藤若冲が1716年(正徳6年)に京都に生まれて、今年で300年になります。若冲生誕300年を記念して、昨年に続き、今年も22 日の東京都美術館の「若冲展」をはじめ、大規模な展覧会の開催が予定されます。

そこで、この記念すべき若冲イヤーにちなみ、「若冲さんが愛用した画紙」について調査し、紙文化研究会にて発表を行いました。

若冲さんの絹本著色の作品では、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する『動植綵絵』30幅で、平成11年から平成16年にかけて、本格的な解体修理が行われました。その際に、宮内庁と東京文化財研究所が共同で「蛍光X線分析装置による非破壊の絵具材料調査」と「高精細画像の撮影よる細部の調査」も行われ、若冲さんが使用した絵の具の種類やその用い方、描写方法などが把握され、報告書などによって紹介されています。

一方、若冲さんの遺作の大部分をしめるのは、紙に墨で描いた水墨画ですが、紙本についての本格的な調査はなされていません。伸びやかで大胆な生の筆使いが楽しめ、その生涯を通して、数多くの動植物を愛情深く、ユーモア溢れる独自の視点で描いた水墨画は、若冲さんのキャラクターが如実に表れ、若冲人気を支えています。

そこで、今回、「古美術 景和」で所有しています若冲さんの水墨画のうち、制作年代がある程度、推定できる9つの作品を選び、“紙の神サマ”と呼ばれる、宍倉ペーパーラボの代表・
宍倉敏佐敏先生のご協力をいただき、マイクロスコープを利用した、本紙の非破壊分析を行いました。

若冲さんが水墨画で使用した紙とは?
調査をしたところ、全て、中国から輸入された紙でした。密度が高く緻密で、繊維の独立性がほとんど無い、当時、高級品とされた中国製の紙です。紙繊維分析結果は、初期から壮年期までに制作された7つの作品はワラ100%、晩年から最晩年期に制作された2つの作品はワラと青檀でした。

前述の、宮内庁と東京文化財研究所の共同調査では、「裏彩色」という、絵絹の裏面から色を付けて、表から見た時の効果を上げる技法を使っていたり、肌裏紙の色が通常の生成りではなく、墨色のものを使っていたり。使用する絵具は粒子が細かく揃っていて、伸びや色彩感が大変良い、上質のものを使用していたそうです。絵具として顔料のほかに染料が多用され、単独で使用するほかに、顔料の上に染料を重ねたり、顔料と染料を混色して使用したりしていました。肌裏紙、裏彩色、画絹、そして表面の彩色という4層構造による立体的で複雑な色彩構成で30幅を描いていることから、若冲さんが色彩表現に強いこだわりと色彩を構成する高い能力を持っていたことがわかりました。

また、日本で最初のプルシアンブルーを使用した例であることも発見されました。プルシアンブルーは、18世紀初頭にドイツで発見された人工顔料で、動植綵絵の調査以前は、江戸の学者で発明家でもある平賀源内の『西洋婦人図』での使用が国内最初とされていましたが、若冲さんのほうが早かったようです。
このような貴重な絵具を用いて、日本で誰よりも早く描いた、という事実からも、色彩へのこだわりと、これを入手するネットワークや財力を若冲さんが持っていたということが伺えます。

一方の水墨画でも、若冲さんの紙や墨への強いこだわりがあって当然と考えるのが自然です。

相国寺の学僧で、後の相国寺第113世住持・大典(梅荘)顕常や、若冲が敬愛してやまなかった「売茶翁」と呼ばれた元・黄檗僧の月海元昭(げっかいげんしょう)、このほか、黄檗僧をはじめとする禅僧、木村蒹葭堂や皆川淇園などの文化人や学者などの当時の学問・文化のトレンドセッターたちとの交流があった若冲さん。彼らとのつながりが、若冲さんの作画思想や画題、画材などに大きく影響したと考えられますが、17世紀末に京都宇治に明末の黄檗僧・隠元隆琦によって黄檗山万福寺が開山し、当時の中国の先端文化が伝えられたことや、徳川吉宗による洋書の一部の輸入解禁による博物学・本草学の興隆という、時代背景もあり、若冲さんの愛用する画材には、西洋、中国の影響が大きく感じられます。<

いずれにせよ、創造性に富み、表現への強いこだわりのある若冲が選んだ紙、というのは、当人の意にかなった愛用品であることに間違いないでしょう。これらの愛用品を使って、あのユニークでユーモア溢れる作品が創造され、生誕300年が経った今でも、その作画への想いが感じられるのは、幸せなことですね。

◇調査結果
伊藤若冲『鷹図』本紙=ワラ100% 中国製
伊藤若冲『牛図』賛:無染浄善(丹崖)/本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『狗子図』賛:細合半斎/本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『鯉図』本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『鯉図』本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『狗子と蝶図』本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『麦と雄鶏図』本紙=ワラ100%・中国製
伊藤若冲『双鶏図』本紙=ワラと青檀・中国製
伊藤若冲『双鶴図』賛:村瀬栲亭/本紙=ワラと青檀 中国製

◎調査報告発表
テーマ:伊藤若冲の愛用した画紙について ー早期から晩年までの九作品の料紙観察・検証ー
日時:2016年4月16日
主催:和紙文化研究会