伊藤若冲

伊藤若冲「牛図/賛:無染浄善(丹崖)」

紙本墨画 1764年


◎解説

若冲には大変珍しく、牛を描いた作品です。丸いお尻をこちらに向け、連子窓に向かい、角を天に、耳を横に立てて臥しています。 牛は黒墨のみで力強く胴体や前脚、頭部を描き、一方、連子窓は薄墨で軽快に描き、墨の濃淡や筆致の強弱の対比が、シンプルな構図ながらもインパクトを与えています。 若冲は、著色画を描く場合、その対象は、鳥や花など色彩豊かな動植物を好んで描きます。一方の水墨画は、墨の濃淡で表現するため、対象の形状の面白さや、「筋目描き」などの水墨画ならではの表現が追求できる鱗や羽根、花びらなどをもつ、鯉、鳥類、菊花などをよく描きます。 ところが、形状も色も単純で、筋目描きで表現する対象でもない「牛」を描くことに、若冲は食指が動かなかったのでしょう。この作品以外の作例を見かけません。つまり、本来ならば、“牛”は若冲にとって作画の対象ではなく、この「牛図」を描いた背景には、何か理由があったことが想定されます。 その理由が、ここに書かれた賛となります。賛者は、若冲の作品に最多の賛をしている黄檗僧で嵯峨直指庵八代住持、千丈山養雲庵住持となった無染浄善(丹崖)(1693−1764)。賛文は、鎌倉・南北朝時代の臨済僧・東海竺源(1270−1344)の頌(しょう)からの出典で、一部を無染浄善がアレンジしています。「鼻頭渾不受人穿 倒臥横眠角指天 春風春雨窓櫺外 何用一犂耕祖田」(鼻頭 渾(すべ)て人の穿つを受けず 倒臥横眠 角は天を指す 春風春雨 窓櫺(そうれい)の外 何ぞ用いん 一犂(いちり)もて祖田(そでん)を耕すことを)。内容は、「この牛は決して人から鼻に孔を開けられて使役されることはない。(俗世間のことなどは意に介さず)のんびりと身を横たえて眠っているが、角はスックと天を向いている。窓の外は、春風のなか春雨が降っている。一犂の春雨が降ったら、さあ春の耕作だと、世間ではいうが」、祖師伝来の心田に、どうして犂を入れて耕すことがあろうか」。「丹崖七十一翁題」とあることから、無染浄善が七十一歳、1764年の作品と分かります。無染浄善はこの年に没しているので、最晩年に賛をした作品ともいえます。1764年といえば、若冲48歳。印の「籐汝鈞印」は、『鷹図』(作品番号J-7)と同じく、若冲の画業初期にあたる宝暦初期から明和初期までに使用されたもので、若冲40代の作品として、大変貴重な一枚です。

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作家名

伊藤若冲

作品

牛図

作品番号

J-9

印章

「藤汝鈞印」(白文方印) 「若冲居士」(朱文円印)

時代

1764年

紙本墨画

本紙寸法

94.0 x 28.5 cm

総丈

159.7 x 42.6 cm